2015年01月17日

先生を選ぶ学生

衝撃的タイトル!

自分でも何と書こうか迷ったのですが、ストレートに表現してみました。

学生は、先生を選びます。
もう、はっきりしています。

そして、その学生によって選ぶ基準は違います。

自分にとって都合がいい、大切にしたい先生(例えば成績を管理している担任とか)には良い顔をする人もいるし、自分にとって楽しい授業、おもしろい授業をしている先生には積極的に発言する人もいるし、授業以外の時間に話をよく聞いてくれる、話しやすい先生が好きな人もいるし、外見が若くてきれいな先生、ハンサムで頼りがいがある先生に、きゃあきゃあ言う人もいます。

だって、そりゃあ人間ですもの。
自分だって学生時代同じこと思っていました。
友人らには不評だった先生でも、そんなに言うほど嫌かなと不思議に思ったり、またその反対も。

実際、学生から直接聞いてしまって震え上がったのですが、
「時間割を見て、『ああ、次はあの先生の授業か~』って嫌だなあって思うときがある」
なんてことも。ああ、怖い。

だから、いつも思っていることがあります。
「教室の中で、全員に好かれる必要はない」
「1人でも真面目に聞いている学生がいれば、その学生のために全力で授業をする」
これは教えてもらった言葉ですが、いつもわたしの心のお守りになっています。

また、こうも思います。
「できるだけ教室にいる全員に有益な授業をしたい」
熱心に聞いている人が1人だったら、それはそれで少し寂しいですから。

で、最初の選ぶ基準に戻るのですが、学生によって変わらない基準はあると思うのです。

わたしが勤務しているのは日本語学校ですから、いわば予備校です。
ほとんどの学生は、進学目的で入学しています。

ということは、自分の目的を達成するための力になってくれる先生
つまり、日本語のレベルを上げられる授業をしてくれる先生のことは、彼らは認めるのです。

日本人と違って、尊敬とは違うかもしれません。
なので、恐らく「認める」のです。

「○○先生は好きじゃない。でも、授業は本当にいい」
こういう言い方は日本人ならしないですよね。でも、よく聞きます。

だからいつも思っています。
別に好かれる必要はない。だから、彼らにとって有益な授業をしよう。
そうすれば、真剣に授業を聞く、授業に参加する学生は増えていくと思います。

・・・正直しんどいです。
でも、学生は高い学費を支払って授業を受けているわけですから、1コマ1コマを大切にしたいですし、そうするべきだと思います。

自分自身がいつもいつも高度な授業ができているとは思いません。
でも、その意気込みと熱意だけは常に持っているようにしています。
そうすると、少しは学生たちにも伝わるみたいです。

「あー、今日の授業はつまらなかった」「学校へ来た意味がなかった」
そんな気持ちになる人は、作りたくないですね。


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posted by 穂村香 at 14:39| Comment(0) | 先生 | 更新情報をチェックする
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